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| なかなかにハードなサバイバル小説。 舞台はヒマラヤ山麓の小国パスキム。その独自の仏教文化に魅せられた新聞社職員の永岡は、出張のついでにパスキムの首都カターへ立ち寄るが、そこは人っ子一人いないもぬけの殻になっていた・・・という、序盤はややミステリー調の展開。そして、やがてこの「首都消失」の原因となったクーデターに巻き込まれた永岡は、大きくその運命を変えることになる。 クーデターの内実が明らかになる中盤以降、まるで中国の文化大革命ばりの「文化否定・知識否定の農牧生活強制」が始まる。これが読んでいて気持ち悪くなるほどに過酷な内容。はじめのうちこそ、クーデター首謀者が夢想する「シャングリラ」が実現するかのようにすべてが順調な方向へと動いていく展開を見せるが、やがて少しずつ、強制的な共同生活による社会のほころび、矛盾が表面化していく。そして、元富裕層による反クーデターが頓挫したあとは、坂道を転げ落ちるように状況が悪化。もうなんでもありのサバイバルに突入していく。 この小説には二つの大きな見所がある。 一つ目は、クーデター後に出現した共同キャンプによる強制的な農耕社会の描写。強制労働のような農作業や、閉じられた社会の行き詰るような人間関係が濃密に描かれている。そして、主人公永岡が徐々にその環境に巻き込まれていく様も実に興味深い。物質社会の極致にある日本の生活に倦んだ永岡が、一旦はこの共同生活を肯定しかけながら、生活状況の悪化により飢餓状態になったとき、彼はその共同生活を否定するというよりは、思考そのものが停止する。脱出しようとか、状況を改善しようという気持ちがだんだん消えていくのが、不気味でもあり、納得できる部分もある。その辺の思考を読者に共有させる作者の筆力はなかなかのものだと思う。 もう一つの見所は、パスキムという架空の国家のリアルさだ。まるでその国が本当にあるかのような詳細な設定がなされている。しかも、それをきわめて自然な形で小出しにしているので、詳細な設定に設定負けすることもなく、むしろ作品世界を背景からしっかりと支えている。 この描写力と設定の確かさは、山崎豊子とか高村薫に通じる女流とは思えない骨太さを感じさせる。なかなか読み応えのある作品だった。 |