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自由の地を求めて

著者 訳者
ケン・フォレット 矢野 浩三郎

 時々、気が向くと海外小説(というか翻訳小説)を買ってみたりするんだけど、翻訳小説独特の雰囲気が気になってあまり楽しく読めないことが多い。しかし、この「自由の地を求めて」は一気に上下巻読んでしまいました。さすがケン・フォレットといったところか。ケン・フォレットは、以前に「大聖堂」という結構分厚い大河小説を一気に読破した事もあり、その時も親子2代に渡る大聖堂建築の壮大なドラマに感動した記憶があり、素晴らしい作品を書く人であることは確かなんですよね。翻訳の人も同じ人だし。

 両方の作品に共通する特徴として、時代設定が妙が上げられるんじゃないだろうか。どちらも「中世のイギリス」を舞台にしている(前者が13世紀、後者が17世紀だけど)。この時代のイギリスは日本人にとってなじみの薄い時代だけに、却って変な先入観ナシに読めるのがいいのかも。

 感心したのが、この物語の登場人物の誰もが「奴隷制度を当然のものと考えている」という描写。登場人物の仲でもっとも先進的な考え方を持っていると思われるヒロインのリジーでさえ、奴隷が主人に従うのは定められた事であると理解している。これって、実は面白い事だと思う。そういう差別的な考え方って、今から見れば「何言ってるんだ?」ということになってしまうが、奴隷が堂々と存在していたこの時代には当然の思想だったと思うんだよね。でも、現代の作家が奴隷制度を背景とした小説を描こうとすると、価値観が妙に現代的な登場人物が出てきてしまい、「奴隷制度はおかしい」なんて言い出す、逆の意味で時代錯誤な人物が登場する事が多い。登場人物を作者自身の分身として描いてしまっている事の弊害だろう。しかし、この小説では、ちゃんと当時の価値観に基づいて物語が描かれている。これって結構新鮮だった。

 それと、登場人物の人間関係が非常にわかりやすい。今回の作品で言えば、登場人物こそ数多いものの、結局は主人公のマック、ヒロインのリジーそしてライバルのジェイの3人の視点に絞って話が展開しているので、非常に読みやすい。舞台もスコットランドの鉱山、ロンドンの港、法廷、そして新大陸のプランテーションと、次々にその場所を変え、そして舞台が変わるたびに主人公たちの関係も変化していく。この辺のテンポのよさが小気味良い。

 面白かったのは、ライバルであるジェイの凋落振りかな。ただ、ジェイは彼なりに不幸な生い立ちがあるので単純に転げ落ちる様を見て溜飲が下がると言うものではないのだけれど。しかし、序盤と終盤ではだいぶ性格が変わってしまっており、後半の拗ねた性格では落ちぶれてしまうのも仕方ないのかな。まぁ、最初からあんな性格してたら、リジーとジェイが結婚する事は無かったと思うし、物語の設定上、仕方のないところなのかも知れないけど・・・とはいえ、序盤でも兄の暗殺未遂など、肝心なところで情けないところを露呈しているだけに、一貫していると言えばそうなのかも知れない。

 マックは、ちょっとオールマイティすぎって気がしなくもない。生まれてからハタチ過ぎまで鉱山で奴隷として働かされていながら、どうしてあんなに権利意識が強いのか、そこが理解できないかな。その場その場で能力を最大限発揮してしまうのもちょっと非人間的だったかもしれない。その違和感を一番感じたのが、ロンドンの裁判における丁々発止のやり取り。ちょっとそれは出来すぎじゃない?という印象は拭えなかった。お人よしではあるが、それ以外にスキがないため、かえって、主人公としてはちょっと魅力に欠けたかもしれない。

 むしろ、魅力という点ではリジーの方が主人公級のものを感じたなぁ。行動的、理解力はある、結構自分の欲望に忠実なところなど、その性格ゆえに事件を巻き起こしているという印象はマックより強かった(実際にはマックのほうがいろいろ問題を起こしているにしろ)。

 ま、いずれにしろ、そういった人々の織り成す壮大なドラマってものを堪能させてもらいました。こういう海外諸説がもっとどんどん出てくると良いんだけどな。実際出ているんじゃないかと思うんだけど。